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インディアンで疾走する世田谷〜お台場

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早起きをして、インディアンに火を入れた。 ルートは自宅のある世田谷を出発し、東京ゲートブリッジを抜けてお台場へと向かう、いつもの早朝ルート。早朝の澄んだ空気の中を走るのは本当に気持ちがいい。 このマシンは1941年当時、アメリカのレースを走っていたレーサーそのもの。少しでも車体を軽くするためにFRPタンクを採用し、電装もバッテリーレスという極限まで無駄を削ぎ落としたスペシャル仕様。約90年前のバイクとは到底思えない存在感とオーラを放っている。 走り出しの儀式として、まずはリンカートキャブの調整から。ノッチを微調整し、今の季節に合わせたベストな燃調に合わせ込んでいく。 このバイク、とにかくギアチェンジが独特だ。3速トランスミッションなのだが、感覚をつかむまでは「今2速がどこにあるのか」すら迷ってしまうほど。右手と左手、そして足の連動……五感をフルに使って操作しないと、機嫌よくギアを吸い込んでくれない。 これまでブログでも書いてきた通り、僕は「気になったらまず自分で手に入れ、所有し、走らせて納得する」スタイルを貫いてきた。現代のクルマやバイクならキーを回せば誰でも完璧に走れるが、ヴィンテージはそうはいかない。 ヴィンテージに乗り出して、自分の中に大きな変化があったと感じる。 走行中は常に、エンジンが刻むリズム、ブレーキの擦れる音、手に伝わる振動……五感を研ぎ澄まし、バイクの状態を常に確認しながら運転する癖がついた。 完璧な調子で気持ちよく風を切る日もあれば、どうにもご機嫌ナナメな日もある。 乗るたびに、そして同じ道を走っていても、その日その時で表情が全く変わるのだ。 現代の乗り物では絶対に味わえない、この「マシンと対話する感覚」。 試行錯誤を繰り返しながらこの手で走らせ、対話を重ねるからこそ、その先にある「本物の魅力」や自分の中の本当の答えが見えてくる。 これがあるから、ヴィンテージはたまらない。すっかりこの感覚の虜になっている。 お台場の海風を浴びながら、約90年前のレジェンドと心を通わせる最高の早朝ドライブだった。

1947年FLナックルヘッド、試行錯誤の果てに決断

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  ここ最近の僕はまさに試行錯誤の渦中にいました。 「自分が本当に乗りたいバイクは何なのか?」 直感で「これだ!」と惚れ込んで手に入れたUH1300。 実際に買い、所有し、あの1300ccサイドバルブならではの地響きのような超低速トルクを全身で体感しました。実際に乗ってみて、シビれるほどカッコよかったし、「コレクションとして手元に残しておきたい」という強い情熱が湧いたのも紛れもない本音です。 でも、自分の心に深く、深く問い詰めてみたんです。 「僕は、本当にこのバイクに乗りたかったのか?」 そこで気付いたのは、僕が求めていたのはナックルヘッドと同じ年代が醸し出す「あの時代の空気感・世界観そのもの」だったということでした。 自分で買って、乗って、葛藤したからこそ、自分の中の本当の欲求がはっきりと見えてきたんです。 そして、運命的に出会ってしまったのが1947年FL ナックルヘッドオリジナルでした。 船場の岡田社長とヴィンテージの世界観について話を深く深めていく中で、僕の中でバラバラだったパズルのピースが「カチッ」と音を立てて完璧にハマりました。 世の中にはたくさんの素晴らしいバイクがありますが、世界中のコレクターやオークションハウスが最終的に行き着く絶対的な価値。それは後から作った綺麗さではなく、80年前の時間をそのまま閉じ込めた「オリジナル」にしかないということ。 コロコロと気持ちが変わりました。 でも、性格上「自分で買って、乗って、納得しないと気が済まない」僕にとって、このスピード感あふれる回り道は、ヴィンテージハーレーの最高峰へ辿り着くために「どうしても通らなければならない道」だったと確信しています。 決して安い買い物ではありませんが、これからの自分の人生をともに走り、歴史を繋いでいく「本物の実物資産」として、これ以上の選択はないと思っています。 紆余曲折ありましたが、僕のヴィンテージハーレーライフ、ここからがスタートですね。

『プラダを着た悪魔2』を観て思い出した、あの眩しくも苛烈だったコンデナスト時代

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  先日、『プラダを着た悪魔2』を観ました。 前作から時代が変わり、紙メディアからデジタルへ、そして変化するブランドの価値観の中で葛藤する登場人物たちの姿。スクリーンの映像を眺めながら、僕の脳裏には30代の自分の過酷で華やかだったキャリアが強烈にフラッシュバックしていました。 「そういえば僕も、あの『プラダを着た悪魔』のモデルになった会社にいたんだな」と。 少し話は遡ります。 僕の社会人生活のスタートは角川書店(勤務期間は約16年)。 そこで出版、雑誌、メディアビジネスの基本を徹底的に叩き込まれ、ビジネスの根幹にある「ブランディング」の面白さを知りました。 ただ、当時の私生活はと言えばかなりの無茶をしていました。 車と時計はローン、その他の買い物は基本リボ払い。服や靴、ファッションへの物欲に任せて攻め続ける、なかなかワイルドなサラリーマン時代を過ごしていました。 そんな時に出会ったのが、映画『プラダを着た悪魔』でした。 角川で叩き込まれたブランディングへの興味と映画のインパクトが重なり、僕の中で一つの強い想いが芽生えます。 「世界一のブランディングを学びたい」 その勢いのまま挑戦し、映画のモデルとなった世界的メディア企業、コンデナスト(Condé Nast)のジャパンオフィスへの転職を果たしました。 「世界一のブランドメディア」という強烈な世界観 内定をもらった時の喜びは、今でも覚えています。 オフィスに足を踏み入れれば、毎日が洗練されたおしゃれでカッコいい世界観。 誰もが知るラグジュアリーブランドや高級自動車メーカーと対等に仕事をする毎日は、刺激的で心から楽しかった。 ただ……今だから言えますが、そこにいるスタッフの多くはコンデナストという強烈な世界観に飲み込まれていたようにも思います。 「世界一のブランドメディアで仕事をしている自分」という誇り……そして、どこか少しばかりの「勘違い(笑)」。 不思議なことに、周りのみんながどこか意地悪な雰囲気を醸し出しているように見えたんですよね(笑)。今思うと、現代のコンプライアンスや働き方の感覚にはちょっと合わない、独特で苛烈な社風だったと感じます。 展示会でヨーロッパへ出張したり、絢爛豪華なブランドのパーティーに参加したり。 華やかな世界で最高峰の経験を積むことができたのは、間違いなく人生の財産です。 けれど、...

1950年パンヘッドFL「いつでも純正に戻せる」カスタムと旧車の洗礼

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  元はフルオリジナルに近いスタイルで所有していました。 しかし、当時のオリジナルスタイルは車体が重く、取り回しにやや苦労する面がありました。 「見た目、扱い易さと走る楽しさ」を両立させるためカスタムを進めています。 フェンダーレス&ボバースタイル化: 重厚な前後フェンダーを外し、ボバースタイルへ。 シートの変更:  ダブルシートからシングルシートへ換装。 リアフェンダーのワンオフ制作: 純正のリアフェンダーを取り外し、車体ラインに合わせたワンオフフェンダーを新たに制作中。 足回りの見直し: 純正の16インチタイヤから18インチへ変更し、より扱い易いハンドリングと軽快な走りを追求。 最も大切にしているコンセプトは、「いつでも完璧にオリジナルスタイルに戻せる不可逆なカスタムに留める」ということです。 ヴィンテージとしての歴史的価値・オリジナル性を損なう切削や加工は行わず、パーツの換装のみで現代の扱い易さを引き出し、必要があれば即座にオリジナル復元ができる状態で運用・管理しています。 避けては通れない「旧車の洗礼」とトラブルの記憶 70年以上前の車両を常に走れる状態で維持するのは、一筋縄ではいきません。これまでに何度も「洗礼」を受けてきました。 電気系のトラブル: イグニッションの突然の不具合と交換。 キャブレターの不機嫌: キャブレター内部のフロート不具合による燃料トラブル。 点火時期の原点回帰: オートアドバンスから、あえて信頼性の高い手動進角へ戻すセッティング。 ドナドナ(レッカー移動): 出先でのトラブルにより、これまでに 累計2回のレッカー搬送 を経験。 止まるたびに構造を学び、一つひとつパーツを新品や最適な部品へアップデートしていく。この一見手間に思えるプロセスこそが、旧車のコンディションを本当の意味で深く理解し、車両の価値を高めていく重要なステップでもあります。

こだわり抜いて辿り着いた2足と、結局一番楽なのは

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バイクに乗る際、悩ましいのがブーツ選び、 バイク乗りの定番といえば無骨なエンジニアブーツだが、全身で合わせた時のあの「ゴリゴリ感」というか、コテコテなスタイルがどうにも気になってしまう。かといって、上品さを求めてトリッカーズのウィングチップを履いてみたこともあったが、今度はバイクの空気感と絶妙にしっくりこない。 あーでもない、こーでもないと色々と迷い、試行錯誤を繰り返した結果、私の足元は「モンキーブーツ」と「パラブーツのヴィンテージ軍物」という2つに落ち着いた。 ・ デザインと収まりの良さで群を抜く「モンキーブーツ」 つま先近くまでシューレースが伸びる独特のデザインは、エンジニアのようなゴリゴリ感がなく、ウィングチップほど気取りすぎない。この「絶妙な立ち位置」が、ヴィンテージハーレーの車体と合わさった時にとにかくしっくりくる気がする。 ・足入れとバイクとの相性が抜群な「パラブーツのヴィンテージ軍物」 絶対に外せないのが「パラブーツのヴィンテージミリタリー」 元々が軍用として作られているだけあって、足を入れた瞬間の包み込まれるような「脚入れの良さ」は流石です。 何より、ヴィンテージバイクとの相性が抜群に良い。歴史を刻んできた旧車の車体に、ヴィンテージ軍物パラブーツの雰囲気が見事なまでに溶け込んでくれる。雨や油膜のある路面でも滑らない安心感もあり、今やライディングに欠かせない相棒となっている。 遠回りしたからこそ見えた、自分だけの「足元」 流行りや定番のスタイルにそのまま乗っかるのではなく、試行錯誤の末に行き着いたこの2足は、私のライディングスタイルと美学を形作る上で、切っても切り離せない存在。 だけど、 近所をふらっと走る時、一番ラクなのは間違いなく「コンバースのオールスター」だったりする(笑)。 もちろん安全面の不安は否めないし、万が一の転倒を考えたら絶対にお勧めはできない。だが、あの軽さと足首の自由さ、そして気取らない空気感は、やっぱり何物にも代えがたい。 最高のブーツでキメて走る日もあれば、オールスターで力まずに流す日もある。 そんな肩の力の抜け感も含めて、これからもヴィンテージバイクとの付き合いを楽しんでいきたい。

大黒ふ頭と、コブラのV8が吐き出す熱風

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  早起きをして、コブラをガレージから引っ張り出し、大黒ふ頭までサクッと走らせてきました。 夏の朝、まだ気温が上がりきる前のわずかな時間。 この短いタイムリミットの中なら、ぎりぎりフルオープンでも快適に風を切ることができます。 というか、 コブラは屋根がないので、強制的にオープンで走るしかない のですが。 快適に風を浴びているかと思えば、 コブラに積まれた5,000ccのV8エンジンから発せられる強烈な熱風が容赦なく足元へ押し寄せてきて、上半身の涼しい朝風と足元の熱気という、コブラならではのダイレクトな熱量を全身で浴びることになります。 今の車のように電子制御が一切ないので、100キロだすのもコワイ。 トラクションコントロールもABSもない鉄とエンジンの塊。そのぶん、路面の状態やエンジンの鼓動、 走っている感じはダイレクトに感じる ことができ、アドレナリンがじわじわと湧き上がってきます。 思えば、過去にもオープンカー(屋根が開く車)はいくつか乗り継いできました。 BMW Z3、アルファロメオ スパイダー、ポルシェ 911タルガ4GTSポルシェ、 911カレラ /、 どれも素晴らしい車たちでしたが、実はこれまで「屋根を開けて走る」ということは、ほとんどありませんでした。現代の車はあまりにも快適で洗練されすぎていて、どこか「閉めてエアコンを効かせて走るほうがスマート」だと感じていたのかもしれません。 しかし、屋根すらないこのコブラは違います。 野性味あふれるV8サウンド、逃げ場のない熱気、そして電子制御ゼロの緊張感。 否応なしにオープンで風と熱を感じながら走らされる圧倒的な割り切りと存在感が、僕を早朝の大黒へと向かわせます。 朝の冷たい空気と、足元のV8の熱風。 このアンバランスさと生々しいダイレクト感を全身で楽しむことこそ、ガレージライフの最高の贅沢ですね。 やっぱり、バイクもクルマも「剥き出しの機械」を感じられるのがよいですね。

ナックル!S&Sで組む理想の一台か、船場クオリティのオリジナルか。

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今、僕の頭の中は一つの大きな「究極の選択」と「現実的な悩み」でぐるぐると渦巻いています。 ナックルヘッドを手に入れるにあたって、僕の前には今、大きく分けて2つ選択があります。 ①S&Sの新品ナックルエンジンで「理想の一台を組む」 S&S社製のKNエンジンをベースに、フレームからパーツひとつひとつを吟味し、現代の技術で組む完全自分仕様のカスタムナックル。 壊れる心配を極力減らして、日常の足としてガンガン走らせて楽しむ。 ②「SENBAクオリティ」のオリジナル・ナックル ヴィンテージハーレーの最高峰であるSEMBAをはじめとする名門ショップの手による、当時物のパーツで構成された本物のオリジナル。 当然、両者の間には価格差にして「およそ3倍」という圧倒的な壁が存在します。単なる乗り物としてではなくオリジナルが持つ価値の重みは唯一無二です。 ここで僕を一番悩ませているのが、 「手放すとき」 です。 当時物のオリジナル・ナックルヘッドは今後も世界的に数が減り続け、価値そのものは間違いなく右肩上がりで上がっていと思います。 今が最安値だとおも思います。 しかし、価格がどこまでも高騰しても、 将来手放すとなったとき、一体誰がこの金額で買ってくれるのか? という疑問があります。 市場の価格がどれだけ跳ね上がっても、それを実際に買い取れるマニアやコレクターの層は、価格が上がるほど極端に限定され、価値はあるけれど流動性が低い、すぐに現金化しにくいなと思います。 「乗って楽しむ道具」 としての割り切りか、 「歴史を所有するコレクター」 としての覚悟か。 まだまだ僕の迷宮は続きそうです、、、