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47歳を迎えて。毎朝のルーティンと、家族・子育て・仕事・趣味への想い

9月28日で47歳を迎えた。 かつてに比べると、SNSで届く誕生日のメッセージの数はすっかり減った。けれど不思議と寂しさはない。むしろ、余計なものが削ぎ落とされ、自分にとって本当に大切なものだけが手元に残った心地よさを感じている。 47歳。人生の後半戦をどう生きるか。今の素直な想いを言葉にしておきたい。 毎朝5時、自分を整える時間 起業してからずっと続けている習慣がある。 毎朝5時(たまに起きれない時もあるけど)の起床だ。 静まり返っている早朝、まずはトレーニングと有酸素運動で身体にスイッチを入れる。そして3年前から我が家に加わった愛犬と朝の散歩へ。朝の空気を吸いながら歩くこの時間は、一日の中で最も心が落ち着く瞬間だ。 家に戻ったら、神棚の水を替え、祖父が大切にしていた陶器の布袋様を丁寧に拭く。 時代を超えて我が家を見守ってくれている布袋様に向き合うと、自然と感謝の気持ちが湧き、今日という一日を丁寧に生きようと心が引き締まる。 そして週に1〜2回、まだ道路が空いている早朝に、お気に入りの車やバイクのエンジンをかけて軽く走らせる。風を切るあの数十分間は、僕にとって最高の瞑想であり、自分自身を取り戻す贅沢な時間だ。 娘のこと、住む場所のこと――子育てへの葛藤 今、我が家には1歳10ヶ月になる娘がいる。 日々の成長を見るのが愛おしくてたまらない反面、親としてこれから「どこで、どう育てるか」については、ものすごく深く考えさせられている。 現在住んでいる世田谷はとても暮らしやすい街だが、周りを見渡せば幼少期から幼稚園受験・小学校受験の準備に入るご家庭も多い。洗練された環境で良質な教育を受け、多様な教育機会や、教育への意識が高い家庭に囲まれて育つこと、都心ならではの大きなメリットだし、間違いなく素晴らしいことだと思う。 ただ、僕自身は神戸の山・海育ちで、妻も山梨の山育ちだ。 お互いに自然豊かな環境で育ったからこそ、「土や木に触れ、豊かな自然に抱かれた山の中で伸び伸びと育てたい」という気持ちも、心のどこかで強くくすぶっている。 都会の洗練された教育環境か、それとも伸びやかな自然か。 どちらにも魅力とデメリットがあり、正解がないからこそ悩みは尽きない。 47歳、家庭・仕事・趣味に思考を巡らせる一年 【仕事】 会社を立ち上げてから今日まで、自分の美学や信念を曲げずに走ってきた。47...

そしてサイドバルブの最高峰へ、ファクトリーレーサー「WLDR / WR」に魅せられる理由

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最新のテクノロジーが詰まった現行モデルから始まり、完成された信頼性を持つエボリューション。 荒々しくも官能的なフィーリングを持つショベルヘッド。 エレガントでクラシックな存在感を放つパンヘッド。 そして、ハーレーの歴史の金字塔であり、相棒として今も街を駆ける1947年式ナックルヘッド。 これらすべてのVツインを乗り継ぎ、所有してきたからこそ、今、僕の心をとらえて離さない「究極の境地」がある。 それが、1930〜50年代のレーシングシーンを席巻したコンペティションモデル、「WLDR」や「WR」に代表されるファクトリーレーサーの世界だ。 乗りやすさの先にある、純粋なレース性能への欲求 現行車やエボは、どこへでも安心して行ける圧倒的な利便性と快適性を持っている。 ショベルやパン、ナックルには、ストリートで味わえる最高の鼓動感と所有する喜びがある。 しかし、そうした市販のストリートモデルを一通り味わい尽くした後に足を踏み入れるサイドバルブ(FLAT HEAD)の世界、特にコンペティションモデルは全く別次元の衝撃を与えてくれる。 1930年代後半の絶対王者「WLDR」 ハイコンプピストンや専用ハイカムを組み込み、当時のファクトリーの技術を結集させたレーシングマシン。全米チャンピオンを獲得した史実が示す通り、その走りは市販のWLとは根本から次元が違う。 ◆純粋なる競技機「WR」   1941年から導入されたWRは、ストリートでの使用を一切考慮しない純粋なレーサー。ケース構造からしてジェネレーターの装着穴すら存在しない。 走行すれば自動で充電されるストリートバイクの概念すら排除された割り切り。発電機を無くすことで実現した圧倒的な軽量化と、鋭いエンジンレスポンス。 「街乗りでの便利さ」を100%削ぎ落としたからこそ手に入れたその性能は、歴代のVツインを乗ってきた僕にとっても特別な官能をもたらしてくれる。 ◆手がかかるからこそ愛おしい「動く美術品」 もちろん、現代の公道でWLDRやWRを走らせるにはそれなりの覚悟がいる。小型バッテリーを仕込み、LEDランプを駆使した「外部充電スタイル」での運用が前提となり、パーツの入手も極めて困難。トップクラスの技術を持つプロのショップでなければ維持すらままならない。 だが、ガレージでその無骨で美しい造形を眺め、キックを踏み抜いてエンジンを始...

1947年ナックルヘッド納車。現物資産としての価値と、90年前の王様が教えてくれたこと

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これまで現行モデルから始まり、ショベルヘッド、パンヘッド、そしてサイドバルブ(インディアン・スカウト)に至るまで、様々な年代のVツインを所有し、その風と鼓動を味わってきた。しかし、ガレージに1947年式のナックルヘッドが佇んでいる今、胸の中にずっとあった「次は何に乗るべきか」という心地よいモヤモヤは、すっかり静まり返っている。 ハーレーダビッドソンにおける絶対的な王様、「ナックルヘッド」。 この一台を手に入れたことで、自分の中のモーターサイクルライフが美しく「完結」したような、圧倒的なやりきった感に包まれている。 90年前の機械とは思えない「走りの衝撃」と「オーラ」 実際に火を入れ、ストリートへ連れ出して最初に打ちのめされたのは、その「パワー」だった。 約90年も前に設計された機械にもかかわらず、現代の道路環境でも力強く車体を前へ押し出すトルクフルな加速。高回転で力任せに飛ばすのではなく、低音の鼓動とともに地面を蹴り出すダイレクトな手応えは、現代のハイパワースペックとはまったく質の違う「生命感」に溢れている。 そして何より、当時のオリジナルだけが纏う「佇まいとオーラ」だ。 装飾されたカスタムバイクの派手さとは一線を画す、メーカーが当時本気で生み出した骨格と歴史の重み。ガレージでただ眺めているだけでも、その静かな存在感に圧倒されてしまう。無駄なものを削ぎ落としたオリジナルだけが持つ美学が、ここには凝縮されている。 インフレ時代における「最強の現物資産」として 今回、ナックルヘッドを所有するに至った理由は、単なる趣味の領域にとどまらない。自分自身で市場や経済の仕組みを徹底的に調べ上げる中で行き着いた、「インフレ時代の確実な資産防衛」という側面も大きい。 世界的なインフレと通貨安が加速する現代において、銀行に紙幣をそのまま眠らせておくことのリスクは増すばかりだ。一方で、1940年代のナックルヘッドのような「歴史的価値が確定したトップピース」は、以下のような強烈な経済的合理性を持っている。 100%枯渇している「絶対的な希少性」 今後、1940年代のオリジナル車体が新しく生産されることは二度とない。供給が増えない以上、需要に対して価値が下がる要素が存在しない。 通貨価値の下落にスライドする実物資産 世界のハイエンドな市場において、ヴィンテージは、インフレとともに額面価格が自...